私の愛するとらネコ「ミューニャン」が天国に旅立ってから1年が過ぎた頃、私の身体に異変が・・・

そうなんです。私は昼間は「レインボー塾」の先生として、夜になると、とらネコの「マダムM」として、ネコの仲間達と一緒に過ごす毎日を送っているのです。

突然ですが、マイダーリンを紹介します。(えーっ!結婚してるの?)って失礼な!子供も2人いますとも!もう大人になって2人とも結婚して新しい家庭を築いているけどね。

マイダーリンは健蔵さん。長らく連れ添っています。ティディベアのような人です。小児精神科医をしています。ゴルフが趣味でしょっちゅうゴルフに出かけています。あと、クッキングパパなの。料理が上手で美味しい夕食を毎日作ってくれます。おかげで私はこんな身体に・・・2人であちこちの国を旅行するのを楽しんでいます。

今日もおいしい夕食を2人で食べていました。

「この頃ポカポカ陽気で嬉しいわ。」と私が言うと

「そうだね。どこか出かけようか?」と、ドライブが好きな健蔵さんが言いました。

「そうね。今度の日曜日でもどこかに出かけましょうね」(嬉しい!)

「そろそろ時間かね?」

夕食が終わってから健蔵さんがおもむろに言いました。

「そうね。もうちょっとしてから行くわ。」

お腹がいっぱいで動けそうもないので、ソファーに座って言いました。

「それじゃあ、気をつけて。」と言って、健蔵さんは書斎に入って行きました。

そうなんです。健蔵さんは、私が夜になるとネコに変身して、ネコの仲間たちと一緒にいることを知っているのです。

 

今夜は三日月が空にぶら下がっているように見えます。ブロック塀の上を歩いていると、ザーザザッと音が聞こえてきました。続いて「クソークソー」と罵る声が・・・下を見ると、レインボー塾に通っている優也が木の棒切れを振り回して他人の家の生垣を叩いています。正確にはなぎ払っているという感じです。ザーッザーッ!生垣の葉っぱに棒切れが当たって、あたり一面葉っぱが散っています。

優也は小学4年生。年齢の割には小柄な少年です。いつも元気いっぱいに動き回っています。じっとしていることができないし、何にでも興味を持って触り周り、すぐに飽きてまた次に興味を持ったものに行ってしまいます。

「クソーッ!なんで俺ばかり怒られるんだよ!」

優也は大声で泣き叫んでいます。ザーッ・クソー・ザーッ・クソー・・・

何か嫌なことがあったんでしょう。生垣は哀れな犠牲者になっています。この家の人が気づいたら大変なことになりそうです。

ブロック塀の上からジーッと見ていると、優也がふと上を向いて、私を見つけました。

「あれっ!太っちょネコが塀の上にいるぞ。よくそんな身体で塀の上に登れたなあ。」

(本当に失礼ね!私だってネコの端くれですもん。塀にだって登るわよ!そりゃあチョッとは苦労しますけどね。昔は俊敏なネコだったのよ!今は歳もとって身体がふくよかになって・・・)ニャーニャーン

優也は感心するように近づいてきます。私は塀の上でじっとしています。だってバランスを崩すと落っこちてしまうかもしれないじゃない?

優也が塀の下に来ました。手をさし伸べます。「こっちへおいで。」と言っているけど、動けないわよ。落ちるじゃないの。怪我をしたらどうするの?

優也は私の脇の下に手を入れて抱きかかえました。

何をするのよ!痛いじゃないの。ニャーってしか聞こえないでしょうけどね。

「俺のお気に入りの場所に連れて行ってあげるよ。」と言いながら、優也は私を胸に抱いて歩き出しました。

えーっ!どこに連れて行くのよ!「ニャオニャオーン」必死で叫んだけどネコの鳴き声じゃあ誰も助けてくれないよね。

でも、優也のお気に入りの場所というのは、ちょっと興味があります。優也の胸に頭を擦り付けてゴロゴロニャーンをしました。

「お前本当に重いな。何キロあるんだ?」優也は歩きながら言いました。

本当にほっといてほしいものだわ。体重計なんて乗らないし。どのぐらいあるのか真実を知るのが怖いわよ。ニャニャーン(知らない!)

しばらくすると住宅街のそばにある神社に着きました。古ぼけた神社で、いったいいつ頃に建てられたのか定かじゃない神社でした。ネコの集会所にしても良いかもね。

優也は神社の階段に座りました。階段は石でできていて、デコボコしています。辺りには木が生い茂り、しーんと静まり返っていました。

「俺いっつもいっつも怒られるんだ。」しばらくして優也がポツリと話し始めました。ニャーン(それは可哀想に)

「お前わかってくれるんだな。俺の気持ち。」優也は私の背中を撫でながら言いました。

「今日だって、ワザとじゃなかったんだ。水筒が宏の顔に当たったのはさ。」

えっ水筒が顔に当たった?何の話?ニャーニャーン

「俺が水筒からお茶を飲んでいるときに声をかけてきた宏が悪いんだ。なのに先生は俺が悪いから謝れって!何でだよ!」ニャルホドそんなことがあったんだ。

「それにさあ、ドッジボールの時だって、俺は線から出てなかったのに、みんなが責めるんだ。だからボールを遠くに蹴ってやった。」ニャルホドねえ。それでみんなにドッジボールから追い出されたということね。

「おまけに、廊下を走っていたら1年生の子にぶつかって、1年生は小さいから吹っ飛んでしまって。校長室に連れて行かれて怒られた。ボーッと廊下の真ん中で突っ立っているあいつが悪いのに・・・。」フニャーンそんなことまであったとは!

「わかるだろ。俺の気持ち。ネコにだってわかるのに、あいつら全然わかってくれないんだ。」(ネコにだってですって?ネコだからわかるんです!)

優也は途方に暮れた顔で私を見つめました。ニャーンニャニャーンニャオ

私は優也の手に顔を擦り付けて、特別大サービスで手の平をペロペロ舐めました。チョッとショッパかったけどね。ゴロゴロペロペロ

「くすぐったいよ。でも何だかスッキリした。もう帰ろうか?」

優也の眼差しが柔らかくなっていました。さっきまで険しかったのに。

帰りは優也の暖かい胸に頭を擦り付けて丸まっていました。ムニャムニャ

ウーン良い気持ち。ヌクヌクとして安心できる感じです。優也はいつもみたいに走っていません。ゆっくりと歩いています。私を落っことさないように気をつけているみたい。ニャーンニャン(ありがとう)

塀の下に辿り着くと、優也は私を地面に降ろしました。

「そんな太っちょで塀の上を歩くなんて危険だよ。」

そんなあ!せっかく登ってたのに!この身体でもう一回登るなんて無理よ!どうしてくれるのよ!ニャオーン(抗議の声ですからね)

優也は満足そうに帰って行きました。

地面の上をトボトボと歩いていると、上の方から声が聞こえてきました。

「マダムM、そんなところで何をしているんだ?」

上を見上げると、茶トラの「銀次」が、さっき私が歩いていた塀の上から私を見下ろしています。

「別に、お散歩をしているだけよ。今日は気持ちの良い夜だからねえ。」

「そんな所歩いてないで、こっちに上がってこいよ。眺めが良いぜ。」

知ってますとも。さっきまでそこに居たんだから。でももう一度登るのは・・難しいかも。だって登った時だって木があったから登れたんだもの。何にもないところでジャンプなんて・・ブルル無理がありすぎる。

「良いのよ。生垣の中を通って帰るところなのよ。」負け惜しみって?

「そうかい、てっきり俺はここでジャンプはできないのかなって思ったよ。その身体だからな。」うーっ図星、悔しいけど言う通りね。フン

「ところで、優也のこと聞いたか?」

銀次が、からかうのを止めて心配そうに言いました。

「優也ならさっき会ったよ。すごく荒れてたけど何かあったのかい?」

私は神社でのことは素知らぬ顔で聞きました。

「学校で何かあって、校長先生にお母さんとお父さんが呼び出されたんだって。家に帰ってから、お父さんが怒って、優也は家を飛び出して行ったんだ。」

なる程。だから大暴れしていたのね。

「それからどうなったんだい?」

私は優也が話していたことを思い出しながら銀次に尋ねました。

「お母さんが心配して、住宅中を探していたよ。」

優也の住んでいる住宅街は広くて、真ん中に大きな道路が通っています。その道に沿ってお店やスーパーマーケットや病院があります。たくさんの住宅が並んで建っていて、生垣やブロック塀が連なっています。

「優也は家に帰ったと思うけどね。」

私はさっきの優也の後ろ姿を思い浮かべながら言いました。

「そうか。お母さん優也を見つけられると良いな。」

銀次はそう言って、塀の上を颯爽と歩いて行きました。カッコイイねえ。

私は心配になったので、優也の家まで行ってみました。優也は庭のブランコに乗ってユラユラ揺れていました。横にはお母さんが座って話をしています。

「優也が帰って来てくれて、お母さんホッとしたわ。」

「母さんごめんな。心配かけて。」

「本当に心配したわ。優也は大事な息子だから。」

「こんなんでも良いのかよ。怒られてばっかりだし、俺はダメな人間なんだ。」

「そんなことないよ。どんな優也でも、お母さんは大好きだよ。」

優也はうつむいて肩をふるわせています。お母さんの言葉が胸に沁みたようです。優也のお母さん、最高!

私はそーっとその場を離れて歩き出しました。心の中がポカポカと温かくなってきました。

でも、優也の気持ちを思うと「このままでは、また失敗をして怒られてしまう。何とかして失敗しない方法を教えてあげなければ。どうすれば良いかしら?レインボー塾でのSSTに取り上げてみようかな」なんて考えていました。

 

数日後、優也がレインボー塾に来ました。今日は優也のグループがSSTをする日です。優也の他にタケル、ナオト、シュンヤ、ヒロト、ジュンの6人のグループです。それぞれに学校や家庭で何かと問題を起こしたり責められたりして『生きにくさ』を感じている子ども達です。

 

挨拶をしてから、ウォーミングアッププレイルームに行きます。

プレイルームは広い部屋で、床や壁はウレタンが貼ってあって、暴れたりぶつかったりしても怪我をしないようになっています。

トランポリンや跳び箱、はしご、ブランコなどの運動用具が倉庫にたくさん置いてあります。

今日はサーキットトレーニングをします。跳び箱や平均台やはしごなどを組み合わせてサーキットを作ります。サークルを回るように順番に運動をしていきます。リングを並べてあるところではケンパをします。最後にトランポリンでジャンプをします。子ども達が大好きなウォーミングアップです。

ウォーミングアップを担当しているスタッフは高田さんです。作業療法士の資格を持っているので感覚統合トレーニングを取り入れた運動を指導してくれます。

優也は運動が大好きです。シュンヤも動くのが得意です。でもタケルは運動が苦手で身体の動きもぎこちないです。

優也は最初からすごい勢いで橋を渡ったり跳び箱を飛んだり、平均台の上を走ったりしています。猛烈なダッシュで周りが見えていません。

タケルが恐る恐る平均台の上を歩いていました。そこへ優也が走って来ました。

「ジャマだジャマだ!どけよ!」と叫んで、タケルを突き飛ばしました。タケルは平均台の上から転げ落ちました。怪我はないようでしたが、怒っています。

「何するんだよ!危ないじゃないか。」タケルは顔を真っ赤にして言いました。

「だって、ジャマだったんだよ。平均台の上でボーッと立っていたお前が悪い。」と優也が言いました。

そこへ高田さんがやって来ました。

「優也、順番にトレーニングする約束だろ。今はタケルが平均台に挑戦していたんだから、運動の得意な君が教えてあげたら良いんじゃないかな。」と言いました。

「そうだったんだ。タケルごめんな。ゆっくりと腕を広げて進めば向こうまで行き着けると思うよ。」と優也が言うと

「そうか、腕を広げたら良いんだな。やってみる。」とタケルはにっこりして言いました。

タケルは平均台の上に立って、ゆっくりと腕を広げて歩き始めました。グラグラしていた身体も安定して、平均台の上を最後まで歩くことができました。タケルは嬉しそうに笑っています。優也もハラハラして見守っていたので、タケルが平均台を降りるとホッとした顔をしていました。

優也は自分のアドバイスでタケルが平均台を渡ることができたので、得意そうにドヤ顔をしています。タケルは、初めて平均台を最後まで歩けたので、こちらもドヤ顔をしています。良かったね、2人とも。

 

ウォーミングアップが終わったらコミュニケーションタイムです。

今日は「ジェスチャーゲーム」をします。

優也が引いたネタカードには「ネコを抱いているところ」と書いてありました。えっ!という顔で優也は私を見ました。えーッ!もしかしてバレてる?私がネコに変身すること。

でも優也はニッコリしてジェスチャーを始めました。抱き方がチョッと重そうなのが気になるんですけど。どう見ても太めのネコを抱いてますよね。

「わかった。デブネコを抱いているところだ!」とタケルが言いました。何でわかるのよ。しかもデブネコなんて本当に失礼しちゃうわ!って心の中で叫んでも仕方がないか・・・

「この前塀の上で太っちょネコを見つけて抱いたからわかるんだ。」と優也が自慢そうに言いました。太っちょネコはないでしょう。チョットふくよかなだけよ!(心の声)

 

ジェスチャーゲームが終わって休憩をとります。優也が水筒からお茶を飲んでいたので、横に座って優也の名前を呼んでみました。すると優也は水筒を持ったまま横を向きました。危うく水筒が私の顔に当たりそうになりました。美貌が台無しになるじゃない!

「優也、今私の顔に水筒が当たりそうになったよ。どうしてだと思う?」

「えっ?水筒が当たりそうだったの?知らなかった。何でって名前を呼んだからじゃないかな。」と優也は怪訝そうな顔で言いました。

「確かに名前を呼んだけど、優也がこっちを見るときに水筒を持ったままだったでしょ。だから当たりそうになったんだよ。」と言って、私は持っていた自分の水筒を持ったまま優也の方を向きました。私の水筒も優也の顔に当たりそうでした。優也は、ハッと気が付いたように私を見ました。

「そうだったのか!だから宏の顔に当たって・・・だから鼻血が出たんだ。悪かったなあ、もうチョッと気をつけていたら・・・」優也は後悔しているようです。

「周りにも人がいるから、気をつけないといけないよね。でも、周りがよく見えないで失敗しちゃうんだよね。わかるよ。」と私が言うと、優也は何かを決意したようにスックと立ち上がりました。

「レインボーばあば、ありがとう。」

休憩の後はSST「こんなときどうする?」の学習をします。

今日のSSTのテーマは「周りをよく見てみよう」です。

最初にスタッフのまりこさんと太郎さんがロールプレイを見せます。

靴箱で靴を取ろうとしていた太郎くんが、まりこさんの頭の上に靴を落としてしまいます。

「何するのよ!靴が頭に当たったわよ。」とまりこさんが怒って言うと、

「そんなところでモタモタとしている君が悪いんだ。背が低いから頭の上に靴が当たったんだよ。僕は悪くない!。」と太郎さんが言いました。

まりこさんは泣いてしまいました。というコントみたいな寸劇です。

「見ていてどう思った?」と私が聞くと

「絶対太郎が悪いよ。靴を頭の上に落っことしたんだから。」とナオトが言いました。

「そうだよ。下にまりこさんがいるのが見えてないんだよ。」とヒロトが言いました。

「ごめんなさいでしょ、太郎さん。わざとじゃなくても謝るんだよ!」とジュンが前にSST「ワザとではないけれど誤る方が良いこと」で学んだことを思い出して言いました。結構ちゃんと覚えてくれてるんだ!感激!

周りをよく見ないと危ないんだよ。」と優也がきっぱりと言いました。

君が言うか?さっき水筒を人の顔に当てそうになっていた君が?廊下で1年生を突き飛ばした君が?平均台の上からタケルを突き落とした君が?・・・凄いことです。優也は自分が周りをよく見ていないことに気が付いたのです!これは本当に大進歩です。自分の苦手なことを自覚できることは難しいけどとっても大切なことなのです。

それから、色々なシチュエーションで「周りをよく見る」練習をしました。

「廊下を歩いていて曲がり角になったらどうする?」

「公園で砂遊びをしている子がいたらどうする?」

「スーパーマーケットでレジに並んでいる人がいたらどうする?」

周りをよく見て行動することの大切さをがわかったようでした。

SSTの後は、レインボータイムです。

子ども達は好きな遊びを選んで、みんなで一緒に遊びます。

今日は「ドラゴンの宝物」というゲームです。みんなで仲良く遊ぶことができました。

サヨナラの挨拶をしてみんなはそれぞれの車に乗って帰って行きました。

優也は周りに気をつけることを学んだようです。でも、すぐに忘れて何度も失敗をするかもしれません。そんなに直ぐには行動が改善されることはないでしょう。

でも、『気づき』は大切です。「そうだったのか!」と悟ることです。今まで何でこうなるのかわからなかったけど、だからなんだ!と気づいたことが素晴らしいのです。気づきがあれば、以前よりも意識するようになります。少しずつ失敗が少なくなっていきます。

優也は友達と遊ぶのが大好きです。友達に嫌われたくないと強く望んでいます。自分が気がつかなくて友達に嫌な思いをさせて遠ざけてしまっていたことがわかれば、だんだん良い関係になっていくかもしれません。

 

レインボー塾に通ってくる子ども一人一人が色々な悩みや苦しみを抱えています。少しでも彼らの『生きにくさ』を改善できたら良いなあと、今日も彼らの後ろ姿を見ながら思っているレインボーばあば(マダムM)でした。

 

次回をお楽しみにね!