私の愛するとらネコ「ミューニャン」が天国に旅立ってから1年が過ぎた頃、私の身体に異変が・・・

そうなんです。私は、昼間は「レインボー塾」の先生として、夜は「マダムM」としてネコの仲間たちと一緒に過ごす日々を送っているのです。

今夜はおぼろ月が空にかかっていて、ちょっと蒸し暑い日です。

私はいつものネコの集会所ではなく、商店街のお祭りの後の広場にやってきました。

昨夜は花祭りや花火で盛り上がっていた広場も、太鼓のあった台の上に吊ってある提灯がゆらゆら揺れているだけです。あんなに並んでいた屋台もすっかり片付けられて、当て物屋の券が風に舞っています。

ネコ達はやぐらの下に集まっていました

昔はタバコ屋の看板ネコだった白猫のチロ姉さんが、街灯の光が届かないやぐらの柱の陰に隠れています。

商店街は昔は賑やかで、アーケードの下をたくさんの人達が買い物をしに歩き回っていました。でも、近所に大きなシャインモールが出来てからは、客足が途絶え、1つまた1つとシャッターが下りたままになっている店が目立つようになってきました。お店の主人も歳をとり、息子は店を継がずに都会に出て行ってしまうので、後継者がいないことも店が減っていった原因でしょう。

そんな中、駄菓子屋の「福ちゃん」は親父の後を息子が継いで今では息子夫婦が切り盛りをして繁盛しています。それもそのはず、看板ネコの「福ちゃん」が店先で昼寝をして客を呼び寄せているのです。

福ちゃんは小さい頃から人懐っこくて、誰にでもすり寄っていって人気を独り占めにしています。

やぐらの柱の陰からチロ姉さんが出てきました。

「まあ久し振りねえマダムM。元気だった?」

「ええとても元気よ!チロ姉さんもお元気そうね!」と私が言うと、

「そうねえ。あんまり元気ではないの。この商店街も昔ほど元気ではないでしょ?私も何だかやる気が出ないのよ。」

「そうなの?悲しいわね。あんなに繁盛していたのに・・・」

「昔は良かったねえ。でも、最近では、八百屋も魚屋もみんな店を閉めようかって話をしているんだよ。」

「大変ねえ。どこもお客さんが減っているんだろうね。」

「あそこにシャインモールができてから、八百屋や魚屋で買う人はいなくなってきたね。寂しいよ。」

「いっぺんに何でも揃うから、みんなそっちで買い物をするんだろうね。」

「そんなことないよ!たこ焼き屋さんは行列ができるほど流行っているよ。」

横から出てきた駄菓子屋の「福ちゃん」が言いました。

「福ちゃん」のいる駄菓子屋は、いつも子ども達で賑わっていて、遠足のおやつやちょっとしたおまけ付きのお菓子を買っていきます。

「福ちゃん」が店の前の「福ちゃん」専用の台の上の座布団に座って、子供達の人気を集めているのも商売繁盛の秘訣です。

「たこ焼き屋さんの『レンちゃん』は、行列の横でのんびり昼寝をしているけどね。」

「福ちゃん」あんたが言う?昼寝が得意なのはあんたでしょうが!台の上でいつもぬくぬくと眠っているではないの!私は心の中で言いました。

「レンちゃんなんて、良いご身分だなあ。食事の心配をしないで、ゴロゴロ寝てたら、たらふく食えるんだからよお。」

片目の源さんが、ノソッと出てきて言いました。

片目の源さんは筋金入りのノラ猫で百戦錬磨の持ち主です。

その昔隣の街から流れてきたときに、その当時のボス(ゴロツキケンジ)と戦って、片目を無くしたという武勇伝が伝説になっています。

ゴロツキケンジはその後姿が見えなくなったそうです。

「そんなことないよ。あれはあれで色々大変なんだから。」

チロ姉さんが、手で顔を撫でながら言いました。

「そうだよ、あそこの家の娘っ子が、学校で何かあって、ずーっと部屋に籠りっぱなしだそうだよ。母親が部屋まで食事を持って行ってるけど、あんまり食べないんだって。」

そう言って、いつの間にか会話に入ってきたのは、若いフールーでした。

若いフールはアメリカンショートヘアと、とらネコとのハーフで、綺麗な模様と私と同じマスカット色の目をしています。

フールはレストラン「ボンボヤージュ」の飼い猫で、フールのそばにいると食いっぱぐれがないせいか、いつも仲間をたくさん引き連れています。

ボンボヤージュのシェフはフランスで修行したおじいさんで、味もピカイチという評判のお店です。私は一度も行ったことがないけどね!今度マイダーリンに連れて行ってもらおうかしら?

「たこ焼き屋さんの娘って、恭子のこと?」

私は心配になって聞きました。

「そうそう、ちょっと細身の気の弱そうな子だよ。」

フールが毛づくろいをしながら言いました。

恭子はレインボー塾に通っている5年生の女の子です。そうそう翔太(第4話 とらネコせんせい走る)と同じグループの子です。

5年生にしては少し小柄で、髪はストレートのセミロングです。目は大きいけど、いつも心配そうです。

「そうなの。恭子はレインボー塾に通っているけど、最近元気がなかったのよね。休みがちだし、心配していたんだ。」

「恭子は優しいけど、友達の顔色ばかり気にしていたねえ。」

福ちゃんがしっぽを舐めながら言いました。

「どうしてそう思うの?」と私。

「うちの駄菓子屋に友達ときた時に、友達がこれが良いと言うと、私もそれにするってすぐに同じのを買っていたし、友達が『こんなの買う子いるの?ダサ。』と言ったら、選びかけていたお菓子をやめたんだよね。友達の言いなりって感じだったよ。」

福ちゃんはそう言いながら、ググッと伸びをしました。俗に言うヨガの『ねこのポーズ』そのままです。

「部屋の中で泣いてたって聞いたよ。時々物を投げて壊してたんだって!」

フールが同じように『ネコのポーズ』をしながら言いました。

「どうしてわかったの?」

私も同じポーズがしたいんだけど、あれをやると正直あちこちが攣って辛いのよね。ネコなのにね!やっぱりお腹の贅肉のせいかしら・・・

「それは、チーボーに聞いたから知ってるんだ。」

チーボーとは、フールの取り巻きの1人で(いや1匹か)軽やかな身のこなしであちこちの塀や木に登ったり、見事な着地を決めたりする黒と白のブチネコです。

「チーボーはどうやってそれを知ってるの?」

何となく嫌な予感がして、私は聞きました。

「そりゃあ、木に登って2階の窓から見たんだって言ってた。」

やっぱりそうよね。狭い路地の奥に大きな木が立っていて、その枝が恭子の家の前に届いているのよね。枝に登ると、ちょうど2階の恭子の部屋が見えるの。

知っているんだけど、その木がまた大きくて、よじ登るよりも、下の方の枝に跳び乗った方が登りやすいのよね。

跳び乗るってあなた。私にできると思う?このふくよかさで・・・ジャンプなんて最近してないし、跳べる気がしないわ。どうしよう・・

「恭子が気になるわね。」と私。

「チーボーに詳しく聞いてみようか?」

「そうね。お願いするわ。チーボーに会ったら、恭子の様子を見ておいてって頼んでくれる?」

「もちろん良いよ。あいつ身軽だから木に登るなんて朝飯前さ。」

そうでしょうとも!良いわよね、気軽に木に登れる人は(いや、ネコか)羨ましいわ!

「私も気をつけてみるね。」と福ちゃんが今度はやぐらの柱で爪を砥ぎながら言いました。ガリガリガリガリ

「レンちゃんにも話を聞いてみるよ。きっと何か知ってると思うわ。」

チロ姉さんが、同じく爪を砥ぎながら言いました。ガリガリガリガリ

「俺もレンをからかいがてら聞いてみるよ。」

源さんがやぐらの上に跳び乗りながら言いました。ヒラリと跳び乗るなんてカッコ良いわね。羨ましいこと、この上ないわ。

「ありがとう!みんないつも優しいわね。」と私はネコのポーズもどきをしながら言いました。ううやっぱり背中が攣るわ。痛っ!

痛む背中を抱えながら、私は商店街を中を歩き続けました。

商店街の角まで来ると、レンちゃんのいるたこ焼き屋さんがあります。

もう夜なので、店は閉まっていて、タコの看板のライトが仄暗い歩道を照らしています。

たこ焼き屋の店は大通りに面していて、人通りが途絶えた今も車が行き交っています。

ライトの光が眩しくて、思わずよろけてしまったわ!

轢かれたらどうするの?気をつけないと。(ネコが交通事故に会う確率は高いそうよ。車のライトのせいね)

店の横に狭い通路があって、裏側に出られるようになっています。

店の裏に玄関があって、恭子の家の入り口になっています。

裏の路地には、大きなゴミ箱があります。

もしかして、あのゴミ箱に飛び乗れば、木の枝に届かないかしら?

私は試してみることにしました。

ゴミ箱の大きさは、1メートルぐらいかしら?もっと高いかな?

私は恐る恐る跳んでみました。

えーっ!全然届かないんですけど!ゴミ箱の蓋についている手すりみたいな所に爪が引っかかったぐらいだけど、身体までは持ち上げられないじゃない。

どうしよう。ネコらしくジャンプが得意なら良いけど、私のにゃん体能力は普通のネコよりもかなり劣っているので、みんなが軽々できることも、フウフウ言いながらやっとできるかも知れない程度だものね。

ましてや、木に登ったり、ゴミ箱に跳び乗ったりすることは問題外だわ。

自分の能力を考えて無理をしないことですよね。って、何で諦めているのよ!

チーボーにできることは、私にできないはずがない!(そりゃあ無理がある話ですけどね・・)

私はもう1度ゴミ箱にトライすることにしました。今度は助走をつけて1、2の3でジャンプ!

ゴミ箱の蓋にあとちょっとで跳び乗れるところまでいけた気がする。ううっ!

「マダムM、そんなところで何をジタバタやってるんだ?」

源さんが通りかかって言いました。

見てたの?何てことでしょう!なんたる醜態。恥ずかしくて穴があったら入りたいぐらいだわ!

「見ての通り、ゴミ箱に登って、木の枝に飛び移ろうとしているところよ!」私は自信満々に聞こえるように、胸を張って言いました。

「そりゃあ無理だよ。その身体でジャンプするなんて自殺行為だよ。諦めなよ。」

その身体って私がふくよかだから?言ってくれるじゃないの。ようし、こうなったら意地でも跳び乗らなくちゃ!

私はさっきよりも遠くから助走をつけて、渾身の力を込めて後ろ足で地面を蹴りました。

爪がゴミ箱の蓋を捉え、よじ登るように上がることができました!!!

キャーっ!跳んだのよ!私。見てくれた、源さん!

「ふむ。よじ登ることができたな。良かった。転げ落ちるんじゃないかとヒヤヒヤしたよ。次は木の枝だな。」

そうでした!ゴミ箱に登るのが目的じゃなかったんだわ。

まだ木の枝が残っているんだった!どうしよう。

木の枝ってゴミ箱の上に垂れ下がっているけど、高さは1メートルぐらいありそう。

ゴミ箱の上は広いとはいえ、助走ができるほど広くないわ。

ええい!私はジャンプをするために低くかがんで、お尻をフリフリして、前足に力を入れてゴミ箱を蹴り、後ろ足を思いっきり伸ばしてジャアーンプッ!

前足をググーッと伸ばして、爪を木の枝に食い込ませて、掴まったわよ!

でも、身体は木の枝の下でブラビラしていて、登ろうにも足をかけるところがないわよ!

ヒエー!このままでは腕の力が抜けて、ゴミ箱の上に真っ逆さまよ。どうしよう!

その時です。いつの間にかゴミ箱の上に跳び乗っていた源さんが、

「ほら、支えてやるから、足を上げて枝に登れ!」

と言って、ブラブラしている私の身体を横から支えてくれました。

私は後ろ足を思いっきり伸ばして、爪で木の枝を捉えました。そこからもう一本の足も枝を捉えて、ググーッと上がることができました。

ハアハア。取り敢えず登れたわ。身体のあちこちが痛むけどね。

「ありがとう源さん。命の恩人(恩ニャン)だわ。」

「良かったな。そんなにしてまで木の枝に登りたかったんだな。恭子が心配で。降りるときも気をつけろよ!」

そう言って、ヒラリとゴミ箱から飛び降りて、源さんは去って行きました。

良かった!とにかく木の枝に登ったわ。二度とできる気はしないけど。

私は木の枝を登っていきました。丁度半分ほど登った所の前が、恭子の部屋でした。

カーテンの隙間から覗いてみると、恭子がベッドの上でスマホを見ていました。

とても悲しそうな顔をしています。スマホのメールを見ているようです。

それから、スマホを窓の方に投げました。窓には当たらなかったけど、カーテンに当たって床に落ちました。

恭子はベッドに突っ伏して、泣き出しました。

私は枝から窓の枠に飛び移ろうとしました。無理っぽいけどね。

恭子がふと顔を上げました。それから、窓の方にやってきます。

見つかったかな?

恭子は床に落ちたスマホを拾いました。スマホの画面を見ています。

「どうして?何でこんなことをするのよ!」

恭子が叫んでスマホを窓から捨てようとしました。

その時私と目が合いました。

「キャッ!ビックリした!そんなに太っているネコ初めて見たわ。しかも枝の上にいるなんて!どうやって登ってきたの?」

恭子は窓を開けて、枝の方に手を伸ばしました。ニャーン。

「おいで、そんな所にいると落っこちちゃうよ。」

恭子は私を抱きかかえました。

「重いわねえ。本当にネコ?タヌキみたい。」

失礼しちゃうわね!タヌキなんてひどすぎる。れっきとしたネコですよ。

恭子は私を抱きながら、ベッドの上に座りました。ニャーん

恭子は私を膝の上に乗せて背中を撫でながら、しばらくぼんやりと窓の方を見ていました。ニャーんニャン

「今日ね、友達だと思っていた子からメールが届いたの。学校ではとても仲が良くて、話をするのが楽しいのよ。でも、メールには、『あんたはウザいから近寄らないで』って書いてあったの。」

私の背中からしっぽまでゆっくりと撫でながら恭子が言いました。ニャーンニャオーン。

ひど過ぎるじゃないの!学校では仲良くしているふりをして、スマホのメールを使って恭子を傷つけるなんて。ニャニャニャオーン

「そうなのよね。仲良しだと思っていたのは、私だけみたい。望も優香も順子も私のことを友達だなんて思っていなかったんだ。」

恭子は私の首筋を撫でながら言いました。そこはとっても気持ちが良いのよ!ゴロゴロゴロゴロ。って喉を鳴らしている場合じゃないわ。

「本当は私が言いなりになるから、いいように利用してただけみたい。

掃除当番代わってとか、図書館の本を返しといてとか、使い走りばかりやらされていたのね。

彼女たちにとって、私は子分ね。それでも一緒にいるためにはそうしないといけなかった。」ニャオーンニャオーン。

悲しいわね。そんなにしてまで一緒にいたかったの?心の中ではそう思っていたけど、出てきた言葉はニャオーンニャン。

「そうよね。本当は、私は彼女たちといても、楽しくなかった。いつも本当の仲間じゃないって感じていたの。

でも、友達がいないのってもっと辛いから、我慢していたの。一人ぼっちにはなりたくなかった。」ニャーんニャン

恭子は私の顎の下を撫でました。そこはとっても気持ちが良いのよ。ゴロゴロゴロゴロ。フニャーン。

「気持ちが良いの?ゴロゴロ言ってるね。おデブさんだけど、かわいいわね。こうやってると一人ぼっちじゃないって気がするわ。」

ちょっとお。「おデブさんだけど可愛い」ってどういう意味よ!

デブじゃありません。ちょっとふくよかなだけよ。体重は10キロありますけど・・・やっぱりおデブか?

デブは可愛くないってこと?まあ良いか。かわいいいって言ってくれたしね。

恭子の膝の上でゴロゴロ言いながら、まったりしていました。

恭子は今度は私の肉球を撫で始めました。これがまた気持ちいいのよね。プニュプニュしていて。

「ウザいって言葉聞いたことある?うっとうしいっていう意味らしいわ。

私うっとうしいと思われてる。」

恭子は悲しそうに言いました。ニャニャン。そんなことないよ!

「もう学校に行けない。彼女たちと一緒にいられないし、みんな私のこと、ウザい奴だって思ってる。」

肉球を撫でる指に力がこもっています。それはチョッと痛いんですけど!もう少し優しく撫でてよ。ニャーンニャンニャーンニャン

「あっ!痛かったの?強すぎたね。何だか悔しくてつい力を入れすぎちゃった。

前から時々嫌なこと言われたり、意地悪をされたりしていたんだけど、学校を休むと次の日には『この前はごめんね』って謝ってくるから許していたのよ。」

「私ってダメな人間だね。何もかも嫌になってきた。」

それは違うよ!

恭子は真面目だから勉強もよくできるし、絵を描くのも上手でしょ。

歴史上の人物については、アイドルの名前よりも詳しいよね。

手先が器用で小物作りも得意じゃないの。

ニャンと恭子は良いところがいっぱいあるじゃない!

私は必死で言おうとしました。でも、ニャーンニャオーンニャニャン

「そうなの。私の気持ちがわかるのね。」恭子が私の目を見て言いました。

そんなふうに恭子が言ったので鳴いた甲斐がありました。ニャニャオーン

「明日学校に行けるかどうかわからないわ。

でも、今夜は何だか元気が出てきた気がする。ニャオーンのおかげね。」

そう言いながら、恭子は私の背中を静かに撫でていました。

そうやって1人と1匹は窓の外に見える木の枝を眺めていました。

木の枝は風を受けてゆらゆらと揺れていました。

えーっ!揺れてるじゃないの、木の枝が!どうやって帰るの?揺れている枝に飛び移るなんてゼーッ対無理よ。揺れてなくても難しいのに・・

「おデブ夫人、すっかり長く引き止めちゃったわね。

枝が揺れているから、飛び移るのは無理ね。玄関から帰る?」

そう言って恭子は私を胸に抱きかかえました。

「本当に重いわあ。何を食べたらこんなになるの?」

マイダーリンの美味しいご飯よ!でも少しダイエットした方が良さそうね。

恭子は部屋のドアを開けて、私を抱きかかえたまま、階段を下りました。

リビングから明かりがもれています。家族がテレビを見ているのでしょう。

恭子は玄関のドアを開けて、そーっと私をドアの外に出しました。

「おデブ夫人、帰りは大丈夫?」ニャーン

私は恭子を見ながら路地の方に歩き出しました。

「さよなら、おデブ夫人。」

だから、おデブ夫人じゃないのよ!マダムMっていう立派な名前があるの!

私は恭子のことを考えながら路地裏を歩いて行きました。

どうしたらいいかしら?

恭子の気持ちを考えると、単に学校に行くことだけが、彼女の幸せには繋がらないわ。

ネコの集会所に着きました。

マイダーリンの健蔵さんが広場のベンチに座って、私を待っていてくれました。

広場の街灯がやぐらをぼんやり照らしていました。

「やあ、戻ってきたね。帰ろうか。」

マイダーリンは私を抱きかかえて車まで歩いて行きました。

「今夜はどうだった?」ニャオーン。

 

突然ですが、レインボー塾には、女子会があります。

高学年の女子5人のグループです。

女子会は月に1回、土曜日にあります。

レインボー塾に通ってくる女子は、学校で友達関係をうまく築けないで悩んでいる子どもが多いです。

女子は高学年になると小さなグループができて、どのグループに属すのかが難しい問題になります。

女子のグループは、表面上は仲が良くても、内情は違う場合が多いです。

特に『暗黙のルール』があって、それを理解できない女子は仲間外れになりやすいです。

『言葉の裏の意味』をうまく読み取らないと、関係が悪くなる場合もあります。

でもレインボー塾に通っている女子は、『暗黙のルール』も『言葉の裏にある意味』も理解できない子どもが多いので、高学年の女子の仲間入りをするのは、至難の技です。

また、高学年になるとオシャレに目覚める女子が多いです。アイドルや歌手の話題で盛り上がったりします。

レインボー塾に通っている女子は、どちらかというと身だしなみにこだわらないほうです。

ブラウスのボタンが取れていても平気だし、靴下が左右違っていても気にしません。髪もクシャクシャでも構わないです。

また、歴史上の人物や動物の生態には詳しいですが、アイドルや歌手には全く興味がありません。

○○グループの××と言われても、誰のことかわからない場合が多いです。当然女子の会話には入っていけません。

様々な理由で、高学年女子のグループで生き抜いていくスキルを習得するために、レインボー塾では敢えて女子だけのSSTを行っているのです。

 

今日は土曜日。レインボー塾の女子会がある日です。

午前10時から始まります。

恭子はお母さんに連れられてやってきました。

「おはようございます、レインボーばあば。(私の塾でのあだ名です)」

恭子は小さな声で挨拶をしました。目は伏し目がちで元気がありません。

「おはよう、恭子。今日は美味しいものを作るわよ!」

恭子の他に、リナ・マユミ・チカ・スズカがいます。

私は恭子を部屋に案内しました。

レインボー塾では、調理をするためのキッチンがあります。

真ん中にアイランドテーブルがあって、調理をするところです。

システムキッチンになっていて、冷蔵庫、電子レンジ、オーブントースター、ガスコンロ、オーブンなど調理をするための器具がなんでも揃っています。

 

今日は「パンケーキ」を焼きます。

2人1組で調理を行っていきます。

恭子はまゆみと組みました。リナとチカ、スズカはスタッフのマリコさんと組みました。

えっ何故レインボーばあばは組まないかって?そりゃあ料理が得意じゃないから・・・私は全体を見なければいけないもの。へへへ

 

まずボウルに卵と牛乳を入れてかき混ぜます。

次にボウルの中にパンケーキミックスを少しずつ入れていきます。

恭子はボウルをおさえていました。

そこへ6年生のマユミがパンケーキミックスを少しずつ入れていきます。

「恭子、元気ないねえ。何かあった?」

さすがマユミです。恭子の顔が暗いのに素早く気が付いていました。

マユミはいつも人の気持ちを考えて行動ができる子です。むしろ気にしすぎて辛くなってしまうことも多いです。

「そうなんだ。学校でね。」

恭子は小さな声で話しました。

「やっぱり。学校って面倒くさいよね。」

マユミがボウルの中身をかき混ぜながら言いました。

「学校の女子って本当にムカつくよね。」

横でボウルにパンケーキミックスを入れていたリナが言いました。

「何でも一緒にやらないと気が済まないみたい。ウソオ!マジで?信じられない!ってキャーキャー言ってる。私は男子とツルむ方が楽しいよ。」

リナは大柄で、力も強いので、男子の中にはビビって近寄らないようにしている子もいるぐらい強気発言のオンパレードです。

「でも、女子と友達にならないと、クラスで浮いてしまうでしょ?」

恭子がさっきよりも少し大きな声で言いました。

「クラスで浮いたって、それがどうしたのよ。ゴーイングマイウエイだよ。」

リナは泡立て器でシャカシャカかき混ぜながら大声で言いました。

「そりゃあ、リナちゃんみたいに強い子はそうできるんでしょうけどね。世の中には人間関係で悩んでいる女子もいっぱいいるんだよ。」

マユミが入れ終わったパンケーキミックスの袋をゴミ箱に捨てに行きながら言いました。

「そうなんだ。私あんまり気にしないからさあ。あんたはどう?」

リナはチカに聞きました。

ボウルをおさえていた6年生のチカはちょっと考えてから言いました。

「女子の友達づきあいって本当に難しいと思うよ。私は去年すごく嫌な思いをしたから、本当に気の合う人と一緒にいるようにしたの。」

ホットプレートに、かき混ぜた生地をおたまですくって乗せていきます。

まるく形を整えながら、パンケーキをホットプレートの上に並べていきます。

「学校の女子ってアイドルやドラマや歌手の話ばっかりしてるでしょ。」

パンケーキの焼け具合を見ていた6年生のスズカが言いました。

「そうそう、私の知らないアイドルの話で盛り上がっていたわ。」

焼けてきたパンケーキをひっくり返しながら、マユミが言いました。

マユミは世界史が好きで、歴史上の人物についてはとても詳しいけれど、アイドルには全く興味がありません。

「ドラマの話もよくわからない。私テレビはあまり見ないから。」

チカは焼けたパンケーキをお皿に乗せながら言いました。

チカは動物が好きで、将来は獣医かペット屋さんになりたいと思っています。暇さえあれば動物生態図鑑を見ています。爬虫類も好きで、家ではグリーンイグアナを飼っています。

「そうよね。話題が合わないから自然と無口になっちゃうよね。そうしたらお高くとまってるとか見下しているとか言われるのよね。」

スズカがお皿に乗せたパンケーキにクリームを絞り出して盛り付けをしながら言いました。

スズカは鉄女と言われる鉄道好きの女の子です。路線図を自分で書けるし、駅名も覚えています。時間旅行と言って、鉄道のダイヤを見ながら乗り継ぎを考えて空想の旅行をするのを楽しんでいます。もちろん、実際に列車に乗ってプチ旅行に行く趣味もあります。

「本当に頭にくるね!その子の前では仲良しのふりをして、陰では悪口ばっかり言ってるしね。うっとうしいよね。」

リナはパンケーキにフルーツをモリモリ乗せています。

リナはスポーツが好きで、サッカーや野球の選手には詳しいですが、歌手やアイドルのことは全く知りません。

「私が行くと、それまでワイワイ言ってたのに、みんな急に話をやめてしまうことがあるの。」

パンケーキにチョコレートのホイップをかけながら、恭子が言いました。

「それあるよ。私が近づくだけで避けようとする女子もいる。」

リナがフルーツてんこ盛りのパンケーキにさらにホイップクリームをたっぷり乗せながら言いました。

それぞれのパンケーキの盛り付けが終わってから、キッチンの隣の部屋のテーブルにつきます。

飲み物はドリンクバーから選んで、カップに入れてきます。

「それでは、いただきましょう。」と私が言うと、みんな一斉に「いただきます」と言ってパンケーキを食べ始めます。

「一緒にいなければ良いじゃん。別に無理して一緒にいる必要はないでしょ。」

リナが大盛りのフルーツをパクパク食べながら言いました。

「でも、女子の仲間にいないと、孤立しちゃうでしょ。それは嫌なの。」

恭子がホイップクリームを舐めながら言いました。

「私も一人ぼっちになるのが嫌だから、嫌なことがあっても我慢していたのよね。でも、ノートに落書きを見つけてからは、もう無理だと思ったの。」

チカがパンケーキを切り分けながら言いました。

「ノートになんて書いてあったの?」

スズカが紅茶を飲みながら聞きました。

「あんたウザいよ。学校に来ないで。消えてしまえ・・・とか。」

「何てこと!ひどすぎる!そんな奴殴ったら良いのに。」

リナがたくましい二の腕を見せながら言いました。

「チョッとそれは。殴った後のこと考えたことある?」

マユミがハーブティーをすすりながら言いました。

「殴ったらスッキリするじゃん。でも。後で先生に怒られる。悪いのはあっちなのにさ。いっつも不公平だよ。言葉の暴力だってあるのにさ。」

リナは不服そうに言いながら、ホイップをスプーンいっぱいにすくって食べました。口の周りはイチゴやクリームがついていますが、全く気にしません。

「リナ、口の周りを拭こうね。」

スタッフのまりこさんがナフキンを渡しました。

リナは乱暴に口の周りを拭き取りました。

「私は去年あの事件があってから、しばらく学校に行けなかった。家で部屋にこもってずーっと鬱々としてた。パソコンで動物の動画ばかり見ていた。」

チカが昔を思い出すように言いました。

「実は、私もウザいって言われたの。正確にはメールに書いてあったんだけど。」

小さな声で恭子が言いました。パンケーキは少ししか食べていません。

「えーっ!メールで?スマホ時代ね。ウザいって言葉、嫌ねえ。」

スズカがカフェラテを飲みながら言いました。

「メールって相手がわかるの?」

「それが、誰のメールかわからないの。いっぱいきてるから。ウザい・近寄るな・消えろ・学校に来るな・・・その他にも色々。」

恭子が少し大きな声で言いました。聞いてもらえる友達がいて、少し勇気が出たようです。

「そんなひどいことがあったら、学校に行けないよね。わかるよ。」

チカが恭子のカップにハーブティーを注ぎながら言いました。

「チカさんは、どうやっってそこから抜け出せたの?」

恭子がすがるような目でチカを見つめながら言いました。

「私の場合、学校に行けなくなったから。

何日かして、お母さんが心配して担任の先生に相談しに行ったの。

担任は私の話を聞きに家に来てくれたの。

でも本当の理由は言いにくい。

担任があの子達を問いただしたりしたら、仕返しが怖いしね。

結局本当のことは言わないで、体調が悪いことにしたの。

まあ心の病だから、確かに眠れなかったし食欲もなかったしね。

担任が彼女たちがやっていることを知っていたかどうかわからない。

でも3学期になって、家に友達が訪ねて来たの。

彼女たちの仲間ではなくて、図書室でいつも動物図鑑を一緒に見ていたジュリ。ジュリは爬虫類が好きなので話が合ったの。

家に来てジュリは「イグアナ見せて。」と言ったのよ。

2人で私の部屋でイグアナの「アレクサンダー」を見ていたの。かわいいわよ。

ジュリもイグアナを飼いたいけど、お母さんが爬虫類嫌いだから絶対飼ってくれないんだって。犬は飼ってるらしいけどね。

それからは、いつもジュリと一緒にいるの。

変な気を使わなくて良いし、好きな動物の話ができるから楽しいしね。

クラスでは「変態2人」って言われているけど、もう気にしないことにしたの。

他の女子の顔色ばかり伺って、好きな話もできず、我慢して付き合っても、結局は裏で陰口を言われて傷つくだけだしね。」

チカの長い話を、他の4人は黙って聞いていました。

恭子がスッと立ち上がって、飲み物のおかわりを取りにドリンクバーに行きました。

少し迷っているみたいでしたが、結局ミントティーを入れてテーブルにつきました。

「私ずーっと悩んでいたの。

学校にも行けないし、部屋から出るのも怖いし、1人で鬱々としていたの。

チカさんの話を聞いて、本当に気持ちがわかった。辛かったでしょうね。

私も辛くて泣いていたら、この前「おデブ夫人」が木の枝から窓を見ていたの。

おデブ夫人って、ものすごく太ったとらネコなんだけど、とっても重いのよ。

おデブ夫人を窓から入れて、ベッドに座って話をしていたの。

そしたら、何だか元気が出てきて・・・あの後も学校には行っていないけど、もうあまり気にならなくなったの。

チカさんが心を許せる友達に出会えたことはとても素晴らしいわ。

私もそういう本当に信じられる友達に出会えたら良いなあと思うわ。」

恭子がミントティーを飲みながら少し大きな声で話しました。

「もう出会えてるじゃないの。

私達よ!

学校の中にいたらもっと良いかもしれないけど、私達だったら女子会に来たらまた会えるしね。

ひとりぼっちじゃないよ!」

スズカが決意を込めて言いました。他の4人もうなずいていました。

恭子も少し元気になって、パンケーキパーティーは終わりました。

女子会は月に1回ですが、共通の悩みを話すことができて、みんなで慰めあったり、励ましあったりして、元気になって帰って行きます。

それにしても、おデブ夫人はないでしょう!

今回は恭子と女子会の話でした。

次回はどんな子どもと出会うのでしょうか?

楽しみに待っていてくださいね。ニャオーン!