私の愛するとらネコ「ミューニャン」が天国に旅立ってから1年が過ぎた頃、私の身体に異変が・・・

そうなんです。私は昼間は「レインボー塾」の先生として、夜になると、とらネコの「マダムM」として、ネコの仲間達と一緒に過ごす毎日を送っているのです。

 

 

今夜は気持ちの良い南風が吹いて、春真っ盛りという感じです。

私は久しぶりに港にやってきました。

漁師達は漁を終え、それぞれの家庭に帰って行きました。

また数時間後には、漁をする為に船に戻ってくるでしょう。

隣の港は、荷物を運んでくる貨物船の港です。

大きなコンテナを積んであちこちの港へ運んでいます。

倉庫街ではたくさんのコンテナを運ぶフォークリフトもあります。

今は動くものもなく、倉庫がシルエットのように見えるだけです。

もう少し離れた港には大きな客船が停泊していて、お客さんを乗せて旅に出る準備をしています。

眩しいほどの灯りが灯って、賑やかそうです。

こっちの漁港の方は、街灯が所々にあって、ぼんやりとした灯りが濡れたコンクリートの地面を照らしています。

すぐそこの缶詰工場の駐車場が、港のネコたちの集会所です。

港にいるネコたちは、野良猫が多いです。

でも、漁師たちやその家族がいつも漁の余りをおすそ分けしてくれるので、餌に困ることはありません。

港のネコたちは、住民に守られて生きているのです。

私は濡れたコンクリートの上を歩いて行きました。

ホント濡れるのって嫌なのよね!肉球が濡れると気持ちが悪いの!早くナメナメしたい。

私はそんなことを思いながら、足早に工場に近づきました。

建物の陰から、黒猫がのっそり現れました。

「きゃっ!ビックリするじゃない。心臓が止まりかけたわ。」

「心臓はもうとっくに止まっているんじゃないかと思っていたよ。」

黒猫の「シャー」が近づきながら言いました。

「ご覧の通りピンピンしているわ。お生憎様。」

「良かったよ、マダムM。久しぶりだな。相変わらず・・・」

「相変わらず何?」答えはわかっていたけど、聞かずにはいられないタチなのよね。

「いや、相変わらず魅力的だよ。」

シャーは顔を撫でながら言いました。

「うまく逃げたわね。みんなは?」

「俺ならここにいるぜ。」

茶トラの「ためぞう」が工場の陰から出てきました。

「ためぞう」は何でも「貯めこむ」のでついた名前です。

犬じゃあるまいし、土の中に魚を埋めてとっておくなんて、猫の風上にも置けないヤツですが、昔とてもひもじい思いをして、とっておかないとまた餓えると信じているのです。

「あら、そこにいたのね。また、魚を埋めていたの?」

「ああ。いつ飢饉が来るかもしれないからな!マダムMもとっておいた方がいいぜ。」

私にはマイダーリンがいるから大丈夫よ!と心の中で言いました。

「ねえ、そこにいるのは本当にマダムM?」

三毛猫の「チャイ」が、住宅の方からやってきて言いました。

「チャイ、久しぶりね。元気だった?」

私はチャイに近づきながら言いました。

チャイは野良猫だけど、港街に住む数件の家で飼われているのです。あちらこちらの家で「ミケ」とか「タマ」とか呼ばれながら、餌を貰っているのですから、大したもんです。

きっと家の人たちは、チャイが他の家でも餌を貰っているなんて思いもしないでしょう。アッパレ

「モチロン元気だよ。毛並みがツヤツヤだろ?栄養が行き届いているんだよ。」

そうでしょうとも!まあ私には負けるだろうけどね。何しろ栄養のことだったら、絶対マイダーリンの食事だもの。

「聞き覚えのある声だと思ったら、マダムMだったのか。」

港の方からミックスの「ジャガー」がやってきました。

ジャガーは自分がジャガーのように強いと思っているのです。

ジャガーを実際には全く見たことがないのに、遠足に行った子どもたちが話しているのを聞いて、絶対この名前で呼んでくれと言いい張ったのです。

「ええそうよ。ジャガーはいつも精悍ね。」

私はジャガーの細身の身体を見ながら言いました。私の半分ぐらいしかないじゃないですか。

「精悍って何だかわからないけど、カッコイイって意味だよな。」

「まあそうね。」チョッと違うけど似たような意味よね?

「港の網が干してある所に、涼太がいたぞ。知ってるか?」

ジャガーが肉球を舐めながら言いました。

「えっ!涼太がいたの?こんな時間に?」

私はビックリしました。だってこんな遅くに小学3年生の涼太が外にいるなんておかしいです。

「涼太なら、泣きながら走っていくのを見たぜ。」

キジトラの「鉄」が住宅の方から歩いてきながら言いました。

「涼太、泣いていたの?」

私は心配になって言いました。

「そういえば、この前の晩も、父ちゃんに殴られて家を飛び出していたのを見たぜ」

黒猫の「シャー」が思い出すようにして言いました。

「あそこの父ちゃん、普段は優しい人なんだけど、お酒が入ると怒りっぽくなって、すぐに殴ったり物を壊したりするのよね。」

住宅に半分住んでいる「チャイ」が恐ろしいことを言いました。

「チャイ、それ本当なの?」

私は驚いて言いました。だってそれって虐待じゃないの!通報するべきよ!

「ええ。私は涼太の家の向かいに住んでいるから知ってるの。」

たくさん住んでいる家の1軒だろうけど、話の内容は聞き捨てなりません。

「俺も見たことあるよ。この辺りじゃ珍しくないよ。酔っ払うとみんな鬼みたいになるんだ。日頃の不満が一気に爆発するみたいだ。」

毛づくろいをしながらジャガーが言いました。

「本当なんだ。この辺りも以前ほど魚が取れなくなって漁をしてもあんまり儲からないみたいだ。みんな不安に思っているんだよ。」

鉄が珍しく哲学的なことを言いました。

不況の波がここまで押し寄せているのね。

「やっぱり、魚は溜め込まなきゃいけないんだ。明日には餌をもらえなくかもしれないんだからな」

タメゾウが、わが意を得たりと納得顔で言いました。

「涼太の母ちゃんはどうしてるの?」

私は一縷の望みを託して聞きました。

「母ちゃんも涼太を庇おうとしているんだけど、父ちゃんに殴られているから守りきれないんだよ。」

チャイが残念そうに言いました。

みんなはしばらく黙って港の方を見ていました。

「涼太が心配だから、様子を見てくるわ。」

私はみんなにそう言って別れを告げました。

「私、これからも涼太の家を見張ってるからね。」とチャイは言いながら帰って行きました。

「俺も他に何か見ていないか、ジョーやモンジロウ達に聞いてみてやるよ。」

鉄はゴミ箱の上に飛び乗りながら言いました。ジョーもモンジロウもテツの仲間です。

「ありがとう、みんな。いつも助けてくれて。」

私は缶詰工場から離れて、港に向かいました。

涼太はレインボー塾に通っている小学3年生の男の子です。

いつも元気いっぱいで走り回っています。

何にでも興味を持ち、何でも触りたがります。

チョッとしたことで怒って殴ったり蹴ったりすることが多くて、学校でも大暴れをすることがよくあります。

廊下を走っていて勢いよくガラスに手を突っ込んで手首に大怪我をしたこともあります。大量の血が出て救急車で病院に運ばれて一命をとりとめたそうです。

涼太のお父さんは大柄のたくましい人で、保護者交流会では、魚を持ってきてバーベキューで焼いてくれました。とても美味しかったのを覚えています。食い意地が張ってると言いたい?そうだけど。

その時は、にこやかで、優しいイメージしかなかったけど、お酒が入ると人が変わるって言うものね。わからないものね。

涼太のお母さんは、小柄な人で、いつも朗らかに笑っているイメージでした。でも、チャイの話では、お父さんに殴られているそうだから、本当は辛い毎日を過ごしているのかもしれません。

涼太には確か中学生の兄がいたと思うけど、涼太の話にはあまり出てこないので、どんな子どもなのかわかりません。

交流会には親子で来て良いのに、一回も参加したことがないのです。

 

そんなことを考えていると、港の網が干してある場所まで来ました。

涼太はどこかな?と探していると、網の陰に隠れて座っていました。

丸まった背中が見えます。肩が震えているようです。

港の内海は穏やかで、月の光が水面に映ってゆらゆらと揺れています。

潮風がツーンと鼻の奥に潮の匂いを運んできます。

 

私はそーっと涼太の後ろから近づきました。

涼太は遠くの海を眺めています。悲しげな様子です。

ふと、後ろを振り向いて私を見つけました。

「あれっこの辺では見かけないネコだな。こんなに太ったネコはこの辺りにはいないもんな。」

涼太が私を見て言いました。

失礼しちゃうわね。この辺りだってふくよかなネコがいるはずよ!えっいないって?そう言えば、ジャガーはもちろんのこと、シャーも鉄もチャイも、タメゾウまで思い起こしてみればみんなスリムよねえ。私だけか・・・

「おい、太っちょネコ。こんな所で何をしてるんだい?」

それはこっちが聞きたいことよ。あなたこんな所で何をしているの?ニャーんニャン。

「こんなに太っていては、網に引っかかったら大変だよ。」

涼太は私を抱き上げて、あぐらをかいた足の上に乗せました。

「重いなあ。何食ってんの?」

本当にみんな同じことを聞くのね。マイダーリンの美味しいご飯ですよ。毎日モリモリ食べているからねえ。ニャオーン。

「そうか、寂しかったんだな。よくわかるよ。」

いえいえそう言うわけでもありませんが・・・ニャーんニャン

「俺家を飛び出しちゃったんだ。父ちゃんを怒らせちゃったからさ。

ご飯の時に醤油を取ろうとして、ひっくり返してこぼしちゃったんだ。

俺そそっかしいからいつもヘマをやっちゃうんだよ。」

涼太は悔しそうに言いました。ニャオーンニャンニャン

「お前もそうなの?ヘマばっかりだよ。何かを壊してしまったり、こぼしてしまったり・・・そんな気はないのに何故かやっちまうんだ。」

涼太は悲しそうな目でこちらを見ました。ニャーんニャニャン

涼太のほっぺたには大きな手形がついて赤くなっています。父ちゃんに殴られた跡でしょう。

私は涼太のほっぺたを舐めました。ペロペロペロニャーン

「お前、俺の気持ちわかるの?父ちゃんはいつもは優しいんだけど、酒が入ると人が変わっちゃうんだよ。今日もヘマをした俺が悪いんだけど、急に怒り出してさ・・・」

可哀想に!こんな時まで父ちゃんを庇ってるんだね。

私は涼太の気持ちを考えると、言葉もありませんでした。ってもともとニャーンしか言えないんだった。ニャーンニャーンニャオーン。

「俺学校でもヘマをしちゃうんだよね。ついカーッとなって手が出ちゃうんだ。

母ちゃんがいつも謝りに行ってる。一緒に行くけど母ちゃんに悪くってさ。」

 

涼太は私の背中からしっぽまでをゆっくり撫でながら言いました。

しっぽは気持ちいいのよね。っていい気持ちになっている場合じゃないわ!何とかしないと!

「お前、温かいなあ。居心地が良いのか?」

涼太は私の耳の後ろを掻くように撫でました。これがまた気持ちいいのよね。ゴロゴロゴロゴロ、フニャーン

「気持ちいいんだな。ゴロゴロいってる。」

 

それから暫く、涼太は海を見つめていました。

暗い海に月の灯りがゆらゆら揺れています。

 

遠くでボーッという汽笛の音が聞こえてきました。

涼太は私を胸に抱きかかえました。

涼太の心臓の音が私のお腹に響いています。ドクドクドクドク

 

「俺なんかいなくなれば良いんだよな。

父ちゃんを怒らせるし、母ちゃんを悲しませて、兄ちゃんは家に寄り付かないしさ。

みんなに辛い思いをさせてるんだからなあ・・・」

そんなことないよ!あなたは頭も良いし、ひょうきんで、みんなを笑わせてくれるじゃないの。

スポーツも得意だし、サーキットトレーニングなんて、軽々とこなしているじゃない。ニャオーンニャオーンニャンニャン。私はありったけの思いを込めて鳴いてみました。

 

「いつもそんな声で鳴いてるの?凄いね。でも、なんか元気をもらってるみたいだ。励ましてくれてるんだね。」

涼太は私をギュッと抱いて頰をすり寄せてきました。

涼太の頰を舐めながら、私は悲しみでいっぱいになっていました。涼太の頰はチョッと塩っぱい涙の味がしました。ペロペロペロペロ

「チョッと!お前の舌ってザラザラしてるんだな。痛いよ。」

何ですって?ネコの舌がザラザラしてるのなんて常識よ!痛かったなんて申し訳なかったわ。ニャオーン

「良いよ。お前優しいんだな。すっかり慰められた気分だよ。」

涼太は私を抱きかかえたまま立ち上がりました。

「それにしても重いなあ。もう少しダイエットしたら?ネコらしくないよ。」

ネコらしくないって何を基準に言ってるのよ。確かにダイエットは考えないでもないけど・・・

 

涼太が私を抱きかかえながら港から住宅の方に歩いていると、

「涼太!心配したじゃない。」と声が聞こえました。

「母ちゃん、ごめん。父ちゃんは?」

「きっと明日にはひどいことしたって悔やんでるよ。今は寝ちゃったけどね。おや、大きなネコだね。」

「そうなんだ。港にいたらそばにきたんだ。ぶっといけど可愛いよ。」

可愛いは良いけど、ぶっといは余計でしょ!

「さあ、もう帰ろうね。」

母ちゃんは涼太の腕に手を置いて言いました。

「うん、帰るよ。」

涼太は私を地面に降ろそうとしましたが、何故か水たまりの中に落っことしてしまいました。

ぎゃーっ!何するのよ!濡れたじゃないの!私濡れるのが大大大ッ嫌いなんですからね!!!ギャオーン

「ごめん、ごめん。濡れちゃったね。本当にごめん。」

涼太は謝りながら、ハンカチで私の背中を拭いてくれました。

「また、ヘマをやっちまった。いっつもこうなんだ。」

ニャーンニャオーンニャン(良いのよ、気にしないで。)

「本当にごめんな。」

そう言いながら、涼太とお母さんは帰って行きました。

 

ブルブルブルブル。濡れたところを舐めなくちゃ。嫌なのよね。濡れてる状態って。

港で海に落ちなかっただけマシか。そうは言ってもまさか水たまりで濡れるなんてね!

 

缶詰工場の駐車場に行くと、マイダーリンの車が止まっていました。

「おや!濡れてるじゃないか!どうしたんだね?」

マイダーリンは私を抱き上げながら言いました。ニャオーン

 

 

数日後、涼太がレインボー塾にやってきました。

今日は涼太のいる3年生のグループでSSTを行う日です。

涼太はお父さんに連れられて来ました。

今日のお父さんは、にこやかで優しい眼差しです。

お父さんには「レインボーサロン」で他の保護者の方達と待っていてもらうことにしました。

涼太のグループは、悠人(第2話とらネコせんせいカムバック)・ワタル・カツトシ・ヒュウマ・タクミの6人です。

 

今日のウォーミングアップは、みんなの大好きなドッジボールです。

プレイルームに移動して、3対3でドッジボールをしました。

涼太と悠人とワタル対カツトシとヒュウマとタクミです。

涼太と悠人はスポーツ大好き人間で動作も機敏ですが、ワタルは運動が苦手で動作もぎこちないです。

最初涼太のチームは凄い勢いで勝っていましたが、ワタルが当たってしまって、悠人も強いボールを取ろうとして当たってしまい、ついに涼太1人になりました。

タクミもヒュウマも強いので、カツトシとの投げ合いの間に挟まった形になりました。

タクミが投げたボールが涼太の顔に当たってしまいました。

当たった瞬間、涼太はタクミの方に走り出しました。

同時にスタッフの高田さんが走ってタクミの所に行きました。

涼太がタクミを殴ろうとした時には、高田さんが間に入っていました。

「涼太、落ち着け。深呼吸をして。」

高田さんが、今にも殴りかかろうとしている涼太の腕を掴んで言いました。

「こいつ、わざと俺の顔を狙ったんだ。許せねえ。」

涼太は鼻息も荒く怒鳴りました。

「俺わざとじゃないよ。顔に当たるとは思わなかったんだ。」

タクミが涼太から離れながら言いました。

涼太はそれでも暴れて、高田さんのお腹を殴っていました。

「顔に当たって痛かったんだな。痛いよなあ。」

高田さんは涼太の腕を離しながら言いました。

「ワザとじゃなかったけど、ごめんな。痛い思いをさせたな。」

タクミが涼太に近づきながら言いました。

「俺、痛っと思ったらついカーッとなってしまって・・・」

涼太は下を向きながら言いました。

「俺が顔に当てたからいけないんだ。もう良いよ。」

タクミはヒュウマの方に行きながら言いました。

「高田さん、ごめんなさい。殴ってしまった。」

涼太はシュンとしながら言いました。

「涼太、3年生に殴られてもヘッチャラさ。それより、よく我慢できたな。タクミを殴ってないじゃないか。」

高田さんは涼太の顔を見ながら笑顔で言いました。

「でも、殴りそうになってた。高田さんが止めてくれなかったら、きっと殴ってた。俺カーッとなったら頭の中真っ赤になっちまうんだ。」

「だけど、それに気がついたことが凄いじゃないか。次はきっと殴らない方法を考えつくよ。」

「俺ヘマばっかりしてるから。」と涼太が言うと

「俺もいっつもやっちゃってからしまったと思うんだよな。一緒だよ。」

タクミが笑いながら言いました。

「俺もそうなんだ。」

悠人がガッツポーズをしながら近づいて来て言いました。

「タクミ、ごめんな。カーッとなってしまって。」

涼太がタクミに近づいてそーっと言いました。

「良いよ。元はと言えば俺が顔に当てたのが悪いんだから。」

タクミはニッコリして言いました。

 

「そうか。みんな頑張って我慢してるんだな。

それじゃあリラクゼーションをしようか」

高田さんが言うと、みんなは床に寝ました。

音楽が流れて、みんなは大きく深呼吸を始めました。

気持ちがゆったりしてきたようです。

涼太は目を瞑って静かに深呼吸を続けています。

 

今日のSSTのテーマは「怒りのコントロール」です。

1 ロールプレイを見る

まず、スタッフのまりこさんと太郎さんがロールプレイを見せます。

まりこさんと太郎さんが輪投げをしています。

点数をつけて勝敗を競うゲームです。

まりこさんが勝って太郎さんが負けてしまいました。

太郎さんは怒って、輪投げのセットを足で蹴りました。

輪投げの輪も遠くまで飛ばしてしまいました。

「こんなゲーム面白くないや」そう言って、教室から飛び出して行きました。

 

2 考えてみよう

私が「どうだった?」と聞くと、

「あるある。俺もよくやってしまう。」

悠人が目をキラキラさせて言いました。

「そうなんだよね。負けたら悔しくてしょうがないから怒ってしまうんだよね。」

涼太も頷きながら言いました。

「でも、ゲームがめちゃくちゃになって周りのみんなが責めるんだ。」

タクミが思い出すように言いました。

「そうそう、お前なんか入れてやらないって言われて、またキレた。」

ワタルがキレそうな顔で言いました。

「でも、周りの人には迷惑だよね。せっかく楽しんでるのに・・・」

カツトシが小さな声で遠慮がちに言いました。

「そうだな。みんなに迷惑かけてるよな。」

涼太がションボリして言いました。

「いつもそれで失敗しちゃうんだよな。」

悠人が下を向いて言いました。

 

「それじゃあ、どうしたら良いと思う?」と私。

「カーッとなった気持ちを抑えられたら良いんだけど、これがまた難しいんだよな。」

タクミが涼太の方を見ながら言いました。

涼太がさっきのことを気にしてるかもしれないと心配しているのでしょう。

涼太は下を向いたままです。

「俺もカーッとなるから、ならない方法を知りたい。」

悠人が2人を見ながら言いました。

 

「それじゃ、どんな時にカーッとなるのかを思い出してみて、ワークシートに書き出してごらん」

私はワークシートを配りながら言いました。

「この紙じゃあ足りないよ。」

タクミが言いながら書き始めました。

暫くシーンとして、みんなは夢中で書いていました。

 

「自分が書いたところをよく見てね。どんな時にカーッとなりやすいかわかった?」

私はみんなの顔を見ながら言いました。

「勝負に負けた時はいつも怒ってる」

涼太が真っ先に言いました。

「からかわれたと思った時も怒ってる。」

ワタルがみんなを見ながら言いました。

「痛いと思った時もカーッとくるな。」

ヒュウマが涼太を見ながら言いました。

「それ俺のことだろ。そうなんだよな。椅子に足をぶつけても、椅子を蹴ってる。余計に痛いのに。」

涼太が笑いながら言いました。

「俺もよくある。痛みってスイッチ入ったみたいにカーッとなるな。」

悠人も笑いながら言いました。

 

「みんな、自分がどんな時にカーッとなるのかわかってきたみたいね。それじゃ、どうしたら良いのかを考えてみようか。」と私

「カーッとなりそうになったら、その場を離れたら良いんだよ。」

悠人が以前にそうしたことがあるように言いました。

「カーッとなった時は、深呼吸をすると静まる時があるよ。」

タクミが深呼吸をしながら言ったので、みんなが笑いました。

「10数えたら良いんだよ。10・9・8って。」

「カウントダウンだね。やったことがある。大晦日に。」

ワタルが言うと

「それは意味が違うよ。でも、カウントダウンをすると何故か気持ちが落ち着いてくるんだ。」

カツトシが言いました。

「クッションを殴ったことがある。ドスドスって。気持ちよかった。」

 ヒュウマがクッションを殴る真似をしながら言いました。

 

「色んな方法があったね。

どれか1つに決める必要はないよ。

出来るだけたくさん持っていた方が良いのよ。

 

それじゃあ、次は「心のコントローラー」を書いてみましょう。

心のコントローラーというのは、ゲームの時にコントローラーを動かしてゲームを進めるように、怒った心をなだめるために使うコントローラーなの。

どんなコントローラーが自分にはよく効くか考えてみてね。」

 

私は2枚目のワークシートを渡しながら言いました。

みんなは、真剣な面持ちでワークシートに書いています。たくさん見つけて書いているようです。

 

3ロールプレイしよう

まりこさんと太郎さんがやって見せたロールプレイを、今度は子ども達同士でやってみます。

太郎さんの役の子どもは、心のコントローラーを使いながらロールプレイをします。

涼太はタクミと組みました。

負けた時、涼太は静かに座りました。

そして深呼吸を始めました。

リラクゼーションでいつもやっているように、目を閉じてゆっくりと鼻から息を吸って、口から息を吐いています。

何回かやってから目を開けました。

タクミは、その場を離れてゆっくりと歩いています。

しばらく立ち止まってシャドウボクシングのように空中にジャブを入れています。

それぞれに、心のコントローラーを使って、怒った心を沈めているようでした。

 

4 練習をしよう

学習したことを日常生活でも使えるように、練習をします。

色々な「怒りそうな」場面が書いてあるカードを用意します。

順番にカードを引いて、文を読みます。

例えば「一生懸命作った図工の作品をA君が落として壊してしまった。A君は謝らずに行ってしまった。」というように、あるシチュエーションが書いてあります。

読んで、自分だったらどうするのかを答えます。

どんな心のコントローラーを使うのか、どうやって使うのかをやって見せます。

様々な場面が書いてあるので、考えながら答えていくのも大変ですが、みんなでワイワイ言いながらやっていくと楽しいです。

 

5 振り返り

「今日のSSTで気がついたことや思ったことがあれば言ってね。感想でも良いよ。」

私が言うと、すぐに涼太が手をあげました。

「俺今まですぐにカーッとなって失敗してきたけど、今度からはこれ、心のコントローラーを使ってみようと思った。」

「俺もそう思う。今まで知らなかったからカーッとなってそのまま突っ走っちゃったけど、これからは我慢できると思う。」

悠人が嬉しそうに言いました。

「うまくいくかわからないけど、やってみたいと思った。」

ワタルは心配そうに言いました。

 

6レインボータイム

今日のレインボータイムは、「レインボーラー」というゲームです。

木の板を使って色々なものを作っていく積み木みたいな遊びです。

500枚以上の同じ大きさで同じ形の木の板を床に広げて、各自で好きな形を作っていきます。

高く組み立ててタワーを作る子どももいるし、線路のように床に並べている子どももいます。

家の形を作ったり、自動車の形を作ったり、ただドミノ倒しのように並べている子どももいます。

それぞれが好きな形を作っていますが、1つの街をみんなで作り上げることもできます。

高さを競う遊びもできます。レインボーラーはみんなの大好きな遊びです。

 

 

さようならの時間になりました。

みんなで後片付けをして、玄関の方に行きます。

 

涼太のお父さんが玄関で待っていました。

「先生、ちょっと良いかな?」

涼太のお父さんが私の近くで小さな声で言いました。

 

「涼太、お父さんとお話ししてくるから、まりこさんと太郎さんと一緒に待っててくれるかな?」

「うん良いよ。俺チャンバラしたい。太郎さんとまりこさんも行こうよ。」

涼太はプレイルームに2人と一緒に入っていきました。

 

私はお父さんと一緒に、レインボーサロン(保護者が待っている部屋です)に入りました。

「何か飲み物を入れましょうか?」

私がドリンクバーの方に行こうとすると、

「さっき貰ったので良いです。」

 

お父さんはちょっと緊張気味に言いました。

2人でソファーに座って、暫く沈黙が続きました。

私がお父さんを笑顔で見ていると、何かを決心したようにお父さんが話し始めました。

「さっきまでここで他の子ども達のお母さんと一緒にいたんです。俺はこんなだからお母さん達の話を黙って聞いていたんですが・・・涼太と同じようなことをする子どもがいるようで、そのお母さんはとても悩んでいるようだった。

ついカーッとして手が出そうになるそうだ。

俺その話を聞いてアッ!と思ったんだ。俺は酒を飲むと心のタガが外れちまって、いつもはやらないことまでしちまうんだ。

涼太は俺に似てすぐにカーッとなって学校でも大暴れしている。

女房はいつも謝りに行ってペコペコ頭を下げてる。

涼太は、頭が良いし、あんなに優しい子どもなのに、俺は、俺は・・・」

お父さんは下を向いて肩を震わせました。

「お父さん、涼太はお父さんは優しいって言っていましたよ。」

私はお父さんの肩に手を置いて言いました。

「あああ。涼太は俺を庇ってそんなことを言ったんだ。

俺は、涼太にも女房にもアキラにも酷いことをしたんだ。

わかっているのに、ついつい酒を飲んでしまうんだ。」

お父さんは頭を抱え込んで呻くように言いました。

私はお父さんの苦悩がわかるので言葉も出ませんでした。

 

暫く沈黙が続きました。

お父さんが、キッと顔をあげました。

私の目をじーっと見つめました。

「俺はこれから酒を飲まないようにする。難しいけど、涼太や女房やアキラには絶対に手をあげないことを先生誓うよ。

ここでお母さん達の話を聞けて良かったよ。同じ思いをしている親がいることもわかったし。

先生ありがとう!」

お父さんはスッキリした顔をして、部屋から出ていきました。

涼太は思いっきりチャンバラをして気分良くプレイルームから出てきました。

「じゃあまたね。レインボーばあば。」

涼太はお父さんと手を繋いで、帰って行きました。

 

お父さんがお酒を止められるかどうかは、まだわかりません。

アルコール依存症というのは、根が深いです。

でも、お父さんが気づいて意識したことは、大きな1歩だと思います。

お酒を止めなければと本人が強く思うことがとても重要だと思うのです。

涼太はお父さんが大好きです。

きっと家に寄り付かないというお兄さんのアキラ君も、お父さんを許して分かり合える日が来ると思います。

怒りのコントロールは、大人にもいるかもしれません。涼太の書いたワークシートをお父さんも見てくれたら良いなと思います。

涼太とお父さんが手を繋ぎながら歩いていく姿が遠くに見えます。

何を話しているのでしょうね!

 

 

 

 

 

 

 

とらネコせんせいの物語はまだまだ続きます。

楽しみに待っていてくださいね。(レインボーばあば)マダムM

 

*怒りのコントロールのワークシートについては、「SST教材のコーナー」に資料が添付してあります。「SST感情のコントロール」は「SSTのコーナー」に公開されています。良かったらご覧になってくださいね。参考になったら幸いです。